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【批評】『へばの』から『息衝く』までの道行き Resurrections vol.1-第2回

2018年批評誌『Resurrections vol.1』から第2回目、川村 健一郎さん(立命館大学映像学部教授)にご寄稿頂いた批評を掲載いたします。

『へばの』から『息衝く』までの道行き
川村 健一郎(立命館大学映像学部教授)

 『へばの』と『息衝く』は、一対になって、日本社会の閉塞状況を螺旋的に描き出す。六ヶ所村に暮らす妹と東京で働く兄、核燃料再処理工場に勤める父と新興宗教に帰依する母。幼少期に離れ離れになった妹と兄が、異なった作品の中で、同時代のそれぞれの生をもがきながらつかまえていく。
 この二つの作品の間には、福島第一原子力発電所の事故が挟まっている。灰色に塗り込められた『へばの』の世界はひたすら美しかった。その冷え切った静謐さは、もつれあい、つまずき、右往左往し、押し込められ、堂々巡りする『息衝く』の文法に取って代わられる。それは、この決定的な十年の中で、木村さんが映画のアクチュアリティに、いかに全身をもって関わり続けてきたかを示す証拠だ。そのうねりを孕んだ道行きが、『息衝く』に刻み込まれた現在にかすかな希望を与えている。映画は疲労骨折しながら、今もなお歩き続けているのだ。
 『へばの』と『息衝く』の登場人物たちは「不在」の恋人、カリスマ、夫、妻、兄、妹を追い求める。不在であるからこそ、現在にへばりつく。しかし、不在だった者との邂逅は、いつもすでに裏切られている。一つの光に充ちた邂逅を除いて。その答えは『息衝く』にある。